チャート方式・『四次元時空の哲学』入門 (補足4-1)

 戻る   


 「光速の不変性」の意外な身近さについて


 「光速不変の原理」、これは、相対性理論の中では、最重要な経験則、つまり帰納的推理によって導かれた原理なわけなのですが、それ故もちろんそれはさしあたって、一つの仮説です。しかしそれが、半信半疑の不確かな仮説にすぎないと言ってられるのは、光速がどんな速度に比べても、無限大と言っていいくらいぶっちぎりに速い、光はどんな遠くまでも瞬時に伝わる、と言ってられるような生活をしている限りのことです。宇宙規模の活動をすれば、近場の天体でも伝達に数分から数十分の時間を要し、ある有限な速さであることを自覚せざるをえませんし、別に宇宙に飛び出さなくても、時間測定の精度が高くなれば、数メートルでも、数ミクロンでさえ、光の進行には時間がかかることを知らされ、やはり、光速がある有限な速さであることを自覚せざるをえなくなります。20世紀後半くらいから、人類はそういう段階に入ってきています。

 で、「ある有限な速さ」ということは、当然、速さの基準となる乗り物(座標系)次第で、速さの値は変わるのではないかということが、議論の俎上に現実的に乗っかってくることになります。そして、科学的実験や観測の結果は、速度という概念の常識的理解を超越して、光速は、基準の乗り物(座標系)とは無関係に、常に一定不変だということを示したのでした。

 ところで、かく言う私ですが、「光速の不変性」は、しかるべき学部学科に所属していなかった私にとって、単に書物から得た知識にすぎず、私個人としては、何の経験的裏づけもない知識ではないのかと、もしかしたら言われてしまうかもしれません。いえ、必ずしもそうではないのです。私でも、「光速不変の原理は正しい」と実感できたときがあったのでした。別に「個人的な実体験を伴わない知識は信じない」という立場ではないのですが、「光速の不変性」の意外な身近さをわかってもらいたいので書きます。

 学生アルバイトで、測量の助手をしていた時のことです。そこで、当時としてはまだ高価なレーザー光線による距離測定装置を使っている場面に立ち会うことができました。レーザー光線が鏡に反射して戻ってくるまでの時間を精密に測定し、それに光速を掛けて距離を求めるものです。私はその測量技師が、今立っている地表が宇宙のエーテルのどの方向に向かっているかを気にしているのかどうかについて注意深く観察していましたが、そんな気配はいっこうにありませんでした。自動的に地球の進行方向を感知し、計算する仕組みがあの小さな機械にあるとも思えません。測定方向とは全く無関係に、光を使って距離を測定できるのです。これは、光速が一定値であることが前提されていることを意味し、もしエーテルという光波の媒質の存在を仮定した説が正しいとすれば、宇宙全体に充満しているエーテルが地球の自転、公転と(少なくとも測定誤差が気にならない程度の正確さで)ぴったり歩調を合せて動いていると考えねばなりません。そんなことは不自然すぎます。もし、大気のように、地表付近のエーテルのみが引きずられて地表に対して静止していると仮定すれば、宇宙から来る光は屈折しまくって、天体の見え方はとてつもなく複雑怪奇なものになるはずです。もし、光が、通常の粒子のように、光源の速度に依存して速くなったり遅くなったりするなら、宇宙から来る光の速さはまちまちで、中にはほとんど止まっているような光があってもいいはずですが、そのような光は存在していません。エーテル説も単純な粒子説も成り立つことはない。でも、こうして、今、地球の動きとは無関係にあらゆる方向の距離が光を使って正確に測定できている!光速は、とにもかくにも不変なのだ!それが私がはっきり光速不変の原理を実感できた感動の瞬間でした。その直後、「おい、何をぼーっと突っ立ってるんだ。はよこんかい!」と怒鳴る声が聞こえてきましたが。
 もちろん、こんな体験が厳密な意味での科学的確証になっているとは思っていません。光速の測定は、今では素人でも購入可能な装置を組み合わせてできそうですが、不器用な私がそんなことをするよりも、むしろこのような、「光速不変の原理」が、社会生活の中に取り込まれていることを確認する方が、説得力があるでしょう。今や、太陽系内のあちこちに観測用の宇宙船を飛ばす時代です。もし、光速が不変でなかったら、宇宙船との通信や制御をする上で、光のエーテルに対する相対速度の問題がしょっちゅう生じて、その議論が、教科書等にいっぱい書かれていなければおかしいですがありません。わたしたちは、大地の丸さや、地球が太陽の周りを回っていることなどをごく自然に受け入れられるようになったと同じように、光速不変を当たり前の事実として受け入れられる認識段階に、気がつけば身を置いていたのです。決して、高エネルギー研究所で超高速の素粒子を扱う人たちのみが実感できる事実ではないのです。GPSを使ったカーナビから「次の角を左に曲がって下さい」なんて言われていれば、光速不変は、日常生活の中に浸透している事実なのだと自覚されてしかるべきなのです。



 戻る